投稿者 オーボエ 日時 1999 年 7 月 11 日 16:34:16:
願望が既に実現しているイメージを明確に描き切る。
このことの重要さは、G.A.全集では、軽くふれられているに
とどめられている。「生命の科学」など参照。
新約聖書ではどのようになっているか?
イエスはどのように語っているだろうか?
マルコ 11の22をひもとくと
神を信じなさい。
まことに、あなたがたに告げます。
だれでも、この山に向かって
「動いて、海にはいれ」と
言って、心の中で疑わず、
ただ、自分の言ったとおりになると
信じるなら
そのとおりになります。
だから、あなたがたに言うのです。
祈って求めるものは何でも
すでに受けたと信じなさい。
とある。
例えば、手を見つめる練習においても
すでに、透視が出来ている!というイメージを
持つことが大事である。
久保田先生は折にふれこのことを強調しておられる。
なお、「生命の科学」の手を見つめる練習方法の前段では
「手」に感謝の想念を起こせとも書いてある。
自分自身の器官に感謝し、自分自身と一体化出来ない者が
どうして宇宙の意識と一体化できるであろうか?
相手を自分自身であるかのように想念をおこすとき、
花屋の軒先のチューリップの花でも
あなたにあいさつをするであろう。