投稿者 雨鈴 日時 2006 年 4 月 30 日 07:43:14:
場所を変えました。
「袖振り合うも多生の縁」ということわざがある。
人と人がすれ違うとき、摩擦によって小さな炎が上がる。
お互いに関心がなければ、それに気づかず通り過ぎる。
しかし、小さな炎に気づいてお互いが振り向くとき、そこに
何かの物語が展開する。
一人は謙虚に観察することを主張し
一人は観察する対象を捜し回ることを主張した。
この二つの車輪がなければ考えることは成立しないですね。
これをいちいち説明するのは変な気がします、、、
書かれた20項目はどちらだったのでしょうか?
話し合うときに気になる人がいる。
美しい衣装で着飾っている人だ。
不満を持っても決して口に出さず、
間違っていることに気づいても決して指摘することがない。
美しい人は嫌いではないし、
幸せな気分にもさせてくれる。
でも話がいまいち弾まない。
どんなにけなされても、
大勢の人の前でピンタを食らっても
全く動ぜず、
他人の幸せを願っていられる人は別だと思うけれど、
多少の痛みはともなっても、本音を語ってくれる人を大切にしたい。
以前テレビで悲しい物語を見たことがある。
末期癌と闘う母親のおはなし。
小さな子供たちを抱えながら必死に病気と闘っていた。
しかし運命は母親の願いを裏切った。
母親と子供を引き裂いた。
きっとテレビを見ていた多くの人が涙したに違いない。
神様を呪った人さえいたかもしれない。
神様が人に与えた死。
右ぺージに書くべきだろうか
左ページに書くべきだろうか
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