投稿者 雨鈴 日時 2006 年 5 月 17 日 22:30:44:
回答先: Re: 意見交換のつづき 投稿者 きうち 日時 2006 年 5 月 17 日 22:13:14:
|> 小学校のときのお話
|> ある日大阪から女の子が転校して来ました。彼女は美人でなく、メガネをかけ髪の毛はちりちりで、大阪弁独特の方言と図々しさで、たちまち多くの男子のいじめの対象になりました。私もいじめと言われるかもしれませんが、意識的に彼女を避けていたと思います。しかし、彼女は男子に何言われようとも、いつもニコニコ顔で応対し、決して文句言ったり喧嘩することもありませんでした。特に記憶に残っているのは、水泳の一級試験で千メートル遠泳があったのですが、彼女は他の子の数倍時間がかかったにもかかわらず、一度も立ち止まることもなく、最後まで泳ぎきったのでした。とにかく頭が下がるくらいの頑張り屋でした。彼女は数ヵ月後に再び転校していったのでしたが、何人もの同級生が涙を流しました。私は何の感慨もありませんでしたが、もう一度会ってみたい同級生の一人です。何が言いたいのかわかってもらえるでしょうか。
行儀の悪さと
言葉の汚さは
僕らの文明を象徴する言葉だった
それは決して崩れることのない
平和の絆の言葉
どんな行儀の悪さも
どんな言葉の汚さも
僕らの文明を揺るがすことはない
自信の象徴の言葉だった
だから、その言葉を手放すことはできない
それは僕らの象徴だから
行儀の悪さと言葉の汚さは喧嘩でしょうか?
わたしは喧嘩してますか?
ただ、行儀の悪さと言葉の汚さを
使っているだけではないですか?
彼女は最後まで大阪弁を使いませんでしたか?
わたしは自分の言葉を使ってはいけないのですか?
わたしは普段はあまり汚い表現は使いません。
内部の意識が「書け!」というのです。
きうち様のおっしゃりたいことは分かります。
でも、100年後にこのことが吉と出るか凶と出るか
分かりますか?
「人間万事塞翁が馬」
だから自分の心に素直に書いています。
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