投稿者 スターダスト 日時 2000 年 6 月 01 日 11:10:47:
回答先: Re: 力線は実在するか 投稿者 瑠璃 日時 2000 年 5 月 31 日 22:34:09:
|> |>むしろ証明されえないことが普通だったのでした。
|> 論理の帰結は妥当である、の意味でしょう。
|> ところで「普通」って何ですか?
真であるのに証明できない命題のほうが
証明できる命題よりも
はるかにいっぱいあるということです。
|> |>わかりませんが、違う印象を受けます。
|> |>認識可能性について論じていたのだと思います。
|> 映画「惑星ソラリス」にこんな言葉があります。
|> 『問題は認識の限界についてです。既成概念をもって限界とするなら、
|> 思考の無限性という信念を傷つけ、進歩を妨げ、科学を滅ぼすでしょう。』
|> この認識限界があり、深く考えないとき、
|> 「神」という言葉を使って片づけようとする傾向があるようです。
ある種の数学的命題が
神の実在を印象つけるのでしょうね、きっと。
この証明をきちんと追いたいと
願っています。
|> |>弁証法ですか?
|> よく意図がわかりませんが、「自己防衛手段」という意味ならノーです。
|> 「自衛手段として核兵器を持つ」と「自衛のために論理武装する」は同じです。
|> これらは全て攻撃性から出てくると考えます。
|> 単純に「あなたがいて、私がいる」という認識の下で考えているということですよ。
|> 私の客観性を示した言葉に過ぎません。
私の攻撃性は、、私をへこませます。
|> |>各軍縮や、地雷撤去。各地の紛争の終結にむけて
|> |>かなりの援助があるのではとニュースをみて時々思います。
|> 援助はありますが、どれも地球人の成果だと思います。
すばらしい!
|> |>「大域的」な実験装置では
|> |>重力場と加速度の区別は、精密な実験機械が
|> |>あれば、認識できます。
|> ???わかりません。
|> 実験装置の辺が30万キロメートル、
|> パチンコ玉の直径を3万キロメートルとします。
|> 精度を上げる必要はあるでしょうか?
|> 思考実験で地球の技術装置を使う必要があるとは思えません。
|> もし使わねばならないとしたら、誤差範囲となるでしょう。
|> |>局所的にはね(^^)
親和力を感じた質量は
ある方向に向けて動き出そうとします。
その方向をベクトルであらわしたとき
重力場近くのロケット内部では
「ここ」と「あそこ」とで
そのベクトルの向きが異なります。
この異なる方向性でもって
巨大な質量が近くにあることを
認識できます。
ドライモンさんのイメージしたことは
今、ここで書いていることでしょう、きっと。
|> 人間が人間以外の視点を持てることを前提にすると、
|> 「局所的」と「大域的」の違いはありますか?
|> それは人間を基準にしたときのスケールを表す言葉であると思うのですが。
微分幾何学においては局所的な構造を
つなぎあわせて大域的な時空の性質を
みます。
大域的な属性は
局所的な性質とは
論議するレベルが違います。
空気の分子についての
考察が、たちどころに
空気についての性質を
理解することには、
なりません。
人間の認識方法によるのではなく
宇宙がそのように出来ているのです。
|> |>すみませんテレパシックじゃぁないもんで(~--)
|> ではなぜ私達は言葉を交わしているのでしょう?
「わからない」と表明することも
言葉の使いかたのひとつです。(^^)
瑠璃さんもわからないと
表明するでしょう?
私の場合直感でわからなければ
推理を使いそれでもわからなければ
(−−)
|> ・「実在」について。
|> このとき初めて磁気の力線が実在しました。
|> 磁力線がイメージできたからです。
これは、この部分はゆずれません。
人間が認識しようとしまいと
実在は実在です。
ないものを「ある」と
思いこむのは危険です。
「磁力線」は
理解のための方法であって
認識のモデルのひとつだと
考えています。
適用限界があるということ。
磁力線の本数はいくつか?
などと、
大学あたりの
演習問題に出題されたりしますが
ナンセンスだと思います。
ちょっと前まで
物理学の記述ではふたとおりの
単位系が使われましたが
どちらをとるかで
本数が違ってくる、、、
そのようなものは
実在ではありません。
イメージするときに
便利な心象風景ですし
役に立ちますが
実在ではないのです。
zeroと同じことでしょう?
力線の本質は
場の勾配とその角度です。
クロスする力線などは
この本質から見ると
役に立ちません。