投稿者 瑠璃 日時 2000 年 6 月 14 日 23:44:58:
(前回のタイトル間違った。正確には「異星訪問奇談」ね。)
隣のコーナーでスターダスト様が使ったタイトル。
「why?dream」
これでトヨタのCMを思い出してしまったのは私だけではないはずだ。
私は「人間皆科学者」と思っている。
もっと多くの人に「why?」を考えて欲しいのだ。
考えることを権威科学者に任せようという風潮をどうにかしたい。
科学信仰や心霊になっている者もいるからだ。
「なぜ?」と聞くと、
白い眼で見られる。
疎まれる。
「あいつは困ったチャン」とレッテルを貼られる。
これらは全て心霊主義だ。
言っておく。
「磁気モータを本気で解くことは社会にとっての非常識」だということを。
これは悲観でも楽観でもなく、事実なのだ。
何が常識で何が非常識かも判断できないうちに、
「常識」という言葉を使うことこそ非科学である。
「なぜ?」と聞くのは大変良いことだ。
そして、「そういえば、なぜだろうね?」と答えるのも良いことだ。
これは実に科学的な方法だ。
そこで困る必要などどこにもない。
だいたい困る奴は"無知の知"という古典哲学も知らないのだろう。
意見の違いを認めない科学者など論外。
違いを明確にすることで新たな疑問を創れる。
そうなればしめたもの。いくらでも問い続けることができるのだ。
そこに気付かないと頭がガチガチになってゆく。
豆腐の角にぶつかって痛がる人種になってしまうのだ。
*
私が磁気モータについてHOWの論理で話すのは数年後になると思う。
現時点でも、
・磁石吸引反発のメカニズム
・磁気モータの原理
を話すことはできる。
過去の記事を使って磁石の並べ方を話すこともできる。
しかし、まだ磁気モータが完成していないのだ。
今のところ理論は封印しておく。
HOWだけで話すと多くの問題が起きるからだ。(そこに図面で伝えた意味がある。)
なに、小学生でもわかる内容ですよ。
(小学生が「わかる」ことと、「小学生に教える」ことは別のようだが。)
まず磁石を買うことだ。
最低限棒磁石を2つ、馬蹄形を2つで良いだろう。
磁気モータを造りたい人は馬蹄形を20個用意しよう。
その磁石で遊んでみよう。
買わずして「磁気モータ?そんなのウソだよ」と言うべきでないのはわかっていると思う。
自分がやらない事を根拠にして話す意味が無いのだ。
それでも地球は回っているのだから。
では、磁石の謎を解くためのヒントを書いておくことにする。
私の理論はこのエッセンスの組み合わせでしかない。
・磁力線は磁気の流れを示す
・磁力線は極と極をつないでいる
・磁石の磁力線は周囲と内部に同じだけ存在する
・吸引反発時には2つの磁石間でエネルギーのやりとりがある
・意識
最後のエッセンスは「個性」ということだ。
磁石の遊びをしている、「あなた」という観測者がいることを忘れてはならない。
生命を観察するには生命を持った者が必要だということだ。
とにかく磁石を買うことだ。
そして遊ぶこと。
日に5分で良い。
それだけであなたは宇宙の力と共振することになる。
*
私はしょっちゅう馬鹿馬鹿しいことを書いているが、
これは世のオトナがそういったことを全然やらないからだ。
馬鹿馬鹿しい=見なくて良い=やらないようにする、というのは勝手な思い込みだ。
この点、重力や磁気の謎を解くことは全く馬鹿馬鹿しいことなのだ。
見なくとも良いことであり、やる必要のないことである。
そして、研究者はもはや人間ではないのである。
皆さん、現代の情報操作を正確に把握していますか?
その中から正確な情報を抽出する方法を知っていますか?
目の前にある事を意識の眼で見ていますか?
*
先ほどTBS「ここがヘンだよ〜」で"超常現象"(?)の特集をやっていた。
発言が面白かったのは清田氏ぐらいであり、他は心霊とキ印とエンターテイナーばかり。
内容は全く取るに足らぬ事ばかりだった。
それにしても、今になってもこんな情報操作をするとは。
呆れてしまったな。
番組では「スプーン曲げをどう思うか?」という質問に対して調査をし、
結果は信じる=3割、信じない=7割であった。(数値はおおよそ。憶えてない。)
いや〜、大いに笑った。
誰ひとり質問に答えていないのだ。
質問は科学なのに、答えは宗教になっている。
なぜ「どう思うか?」に対する答えが「信じる」「信じない」になってしまうのだろう?
質問は科学なのに、答えは宗教になっている。
私は不思議でならない。
それとも、質問などはじめから聞いていないのだろうか?
霊はいるか?・・・・・いる3割、いない7割
UFOは存在するか?・・・・・存在する2割、存在しない7割、わからない少数
空気はあるか?・・・・・ある9.5割、ない?割、わからない???割
これは私の統計予想だ。
数値は違うかも知れないが、傾向はこの通りだろう。
見えないもの、もしくは見えない状態にされているもの。
なぜ肉眼で「見えない」事に対してこれほど意見が違っているのだろうか?
なぜ空気があると言い切っているのだろうか?
私には不思議である。
目で見えないことは確かに認識しづらい。
しかし、それが明確に統計に現れることは何を示すのだろうか?
その根拠はどこにあるのか?
その自信はどこからくるのか?
謎だ。
根拠がエゴでは科学とはいえない。
知識とはいったい何だろうか?
そして知恵とは・・・?