投稿者 松本 日時 2001 年 11 月 03 日 21:20:49:
回答先: ス:因果と自由意志その2 投稿者 スターダスト 日時 2001 年 9 月 16 日 18:24:04:
|> 我々の肉体の各粒子が、素過程を表す
|> 物理学的な方程式に従って運動するのならば
|>
未来永劫にわたって、原理的には
|> 計算可能であり、いかなる未来においても
|> 解が決定しうる。
∇ラプラスのデーモンを特殊相対性理論に適応する
と下記に示すように決定論が崩れてしまう?
「開かれ宇宙,カール・R・ポパー,1999年,
原書1956,1982,1988年」より
・もし、過去と未来の非対称性−過去が閉じている
ということと未来が開かれているということと−を
主張するのが正しいなら、この非対称性は物理学
理論の構造において表現されるべきである。
この要求を、アインシュタインの特殊相対性理論は
完全に満たしている。
この理論では、どの観測者にとっても−あるいは、
どの局所的な慣性系にとってもと言いたいが、−
(可能な同時性の全領域によって分けられた)絶対
的な過去と絶対的な未来が存在する。
系の(絶対的な)過去とは、系に物理的影響(たと
えば、光の信号)を与えられるようなあらゆる時空
点によって形成された領域であり、系の(絶対的な)
未来とは、系が物理的影響を及ばせるあらゆる時空
点からなる領域である。
ミンコフスキーの幾何学的な記述法では、この過去
と未来は二つの円錐(より正確には四次元時空の
二重円錐)を形成する。
・さて、過去と未来の間にあるこうした非対称性の
帰結として、特殊相対性理論は、もはや先に述べた
十分な意味では見かけ上決定論的ではないことを
示そう。
それには、特殊相対性理論においては、もはや
ラプラスのデーモンが存在しないことを示せばいい
だろう。
・特殊相対性理論は我々ーないしはデーモン−が
明確な情報をもてるどんな出来事も、自動的に我々
の過去−あるいは、デーモンの過去−に属する出来
事に変えてしまう。
こうして、特殊相対性理論によれば、過去は原理的
に知ることができる領域であり、未来は現在によっ
て影響されるものの、いつでも「開かれた」領域で
あると言えよう。
未来は知られていないだけでなく、原理的に言って
完全に知ることはできない。
なぜなら、完全に知られたら、未来はデーモンにと
ってさえ自分自身の過去の一部になっているだろう
からである。
したがって、特殊相対性理論はその見かけ上決定論
的な性格にもかかわらず、つぎの二つの理由から
「科学的」決定論を支持するために利用することは
できない。
(1)「科学的」決定論によって要求された予測は、
特殊相対性理論そのものの観点からは、過去に向か
っての推測として解釈されなければならない。
(2)過去に向かっての推測なので、それは特殊
相対性理論の観点からは、予測された系の未来に
おいて計算されたように見える。
それゆえ、その予測はその系の内部で計算されたと
は言えない。
それは、内部からの予測可能性という原理を満足
していない。
・このように、見かけ上決定論的な理論が真であること
から、「科学的」決定論は真であると推論してもいい
だろうという通常の思い込みは、特殊相対性理論が存在
することで論駁されている。