投稿者 koniyama 日時 2000 年 1 月 15 日 00:53:34:
●私の好きな言葉
『空の鳥を見るがよい。まくことも、刈ることもせず、倉に取り入れることもしない。
それだのに、あなたがたの天の父は彼らを養ってくださる。
あなたがたは彼らよりも、はるかにすぐれた者ではないか。』(マタイ7-26)
これは新約聖書のなかのイエスの言葉であるが、
これにはじんとくるものがある。
ほんとに簡素で美しく、しかも真理をずばりと語っている。
イエスは本当にすごい人だったと思う。
(ちなみに私は仏教徒でもキリスト教徒でもない)
我が家はマンション住まいながら、目の前には田畑が一面に広がっている。
実際、カラスやスズメやハトなどもたくさん飛んでいる。
夏ごろには雨がえるなどがうじゃうじゃでてくる。
子供などがかえるをとってくるのだが
(実は私も捕まえたりしているが)、
彼らを観察すればするほど、脳みそがほとんどないことが実感される。
本当に脳みそがないのだ!
(猫の偏平な頭をなぜてもきっと実感するだろう)
こんなんで、なんで生きていけるのと、驚いてしまう。
捕まえた連中はおそらく
幾多の危機を乗り越えてきた歴戦の勇士だと思う。
むしろ尊敬の念を抱かざるをえなくなる。
こいつらは、まじすごいやらだと。
そんなわけで、
自分が子供のころは、
捕まえたまま死なせてしまってたりした昆虫や生き物などは、
今ではみな逃がすようにさせている。
捕獲はしても、とても飼い殺しにはできなくなってしまった。
セミなども皆逃がしてしまう。
(ただしゴキブリだけは、どうもだめだ。
自立心がないうえに、とても雰囲気が悪い。
それに家族をびびらせるので見つけたら生かしてはおかない。)
まあ、だいたい人間以外の生き物が、
自然界の中で生活していけること自体が驚異である。
彼らは算数も国語もできないのに、立派に生きている。
それに比べたら、人間は大きな頭があって、複雑なことを考えられて
自動車にも乗ったりしているが、どうも空の鳥よりも心配事や悩みが多い。
うまく生きていくことすら難儀している状態である。
職場をみても、もう絶望的である。
おまえらはカエル以下だといいたくなる。
そうは言うこの私なども40過ぎても生きるのにひいひいしている。
すなわち鳥よりも生き方がへたということになってしまう。
われわれは、どこかで履き違えていて、
物事をややこしくしてしまった。
宇宙哲学はべつに難しい言葉で語る必要はない。
というのも自然界の中にこそ真実の鏡があるからである。
P.S 今回はちょっと雰囲気をかえて、せめてみました(^^;)