投稿者 やすし 日時 2004 年 5 月 08 日 14:39:31:
回答先: Re: 彼は何を望んだか? 投稿者 /Ka++ 日時 2004 年 5 月 07 日 21:21:10:
人生の攻略本なんて所詮は一つのイメージにすぎませんよね。だって、そのひとの人生を別人は演じることができないからです。だから人は、ある基本原理を述べることしかできないんです。
また、本に従い行動して失敗したら、その著者が責任を取ってくれるのかどうかというと、絶対そんなことはないです。だから、他人の言うことは参考程度にしたいです。自分の行動の責任は、結局、自分が取らなければならないですから。そして行動は思考から生じます。
それに対して「座右の銘」という言葉があります。聖書しかり某人生哲学書しかりです。アダムスキ氏の著書がそれにあたるという人はいると思います。そういう人は自分の行動原則をそれに則っていると、口には出さないでしょう。それでいいんです。口に出してけなされるようでは自尊心に傷がつくだけです。さらにア氏の書物を他人に話すのはもったいない、という人もいると思います。その原因はア氏の書物が聖書などの理想系をなしているとか他にも理由があるようです。
私はアダムスキ哲学は原因と結果のたゆまぬ観察と試行ですから、現実主義(?)的、行動主義的だと思っています。つまり現在に生きることだと思います。その意味で禅にも通じる部分があると思っています。
>辞書の編纂は終わってるのだから、後世の人が編纂し直す必要はないんです。
>すくなくともそれが古典になるまでは。
これに関して私の希望では、ピラミッド中の石壁にでも刻んで、一字一句を間違いなく残すべきだと思います。というのは、我々(Ka++さんは違うかもしれませんが)は「宇宙哲学」の分野では幼稚園の段階くらいだと思うからで、辞書を辞書として使いたい一人ですね。それを応用して辞書なしで会話したり、新たな文章を編み上げるのは高校生卒業か大学生の段階まで待つべきだと思うのです。
管理者の方には、ここを読みに来ている人たちがどれくらいのレベルなのか考慮したボード作りをして欲しいですね。
やすし
|> こんな事書いた人がいましたけどね。
|> 人生の攻略本は読み切れないほど出回っているのに、
|> クリアした気分にならないのはなぜだ!と。
|> 私が思うに、、、もったいないんです。
|> ア氏の表現を借りてしまうことが。
|> 彼の世界で、彼の言葉で閉じてしまうわけ。
|> でも実際はそれ以上のことを感じているはず。
|> だから、彼の本は辞書として使えば良いと思います。
|> 辞書の編纂は終わってるのだから、後世の人が編纂し直す必要はないんです。
|> すくなくともそれが古典になるまでは。