Re: 火星の土に生命の痕跡


[ フォローアップ ] [ フォローアップを投稿 ] [ 「(4)宇宙と自然科学」 ] [ FAQ ]

投稿者 松本 日時 2001 年 7 月 29 日 09:44:49:

回答先: 火星の土に生命の痕跡 投稿者 shimizu 日時 2001 年 7 月 29 日 00:08:33:

|> バイキング探査機が火星に着陸した当時、地球人
|> の間では生物がいることへの期待が高まりつつも、結果
|> はいるともいないとも釈然としない、漠然とした雰囲気
|> の中で今日まで経過してきたように思います。
|> しばらく時期を経た今、客観的な新しい視点を持った
|> 研究者が現れたことは注目されるべき事です。
|> はたして多くの論議を呼ぶのでしょうか。

∇火星に関する過去の経緯を整理した本がありました
ので、後ろのほうにその一部分を添付しておきます。
 過去の火星における海の存在など、まだまだ火星は
謎の多い天体です。そのため、NASAなどは今後も
観測を続ける必要を感じていると思われます。
 他にも、火星や月などについてその詳細を述べた
書籍や論文等、たくさんあるようです。(そのうち
日本語訳されたものは、ほんの一部のようですが)
それらを見れば、疑問点や、思い違いなども整理
されると思います。
 というわけで、火星の知的生命の問題は余剰次元も含
めて考える必要がありそうです。下記は余剰次元に存在
するかもしれない並行宇宙の可能性について述べています。 

「サイエンス21,ミチオ・カク,2000年,原書1997年」
・宇宙論学者のスティーブン・ホーキングは、私たちの
宇宙がこの無限の宇宙のすべてである可能性が高いと
考えている。彼の考えでは、私たちは無数のほかの泡
(彼はベビー宇宙と呼ぶ)と共存しているが、私たちの
宇宙は特別である。それはもっとも安定しており、その
存在の確率は最大である。彼は、すべてのベビー宇宙
が薄いワームホールの無限のネットワークによって互い
に結びつけられていると考えている(これらのワーム
ホールの寄与を合計することで彼は、私たちの宇宙が
どうしてそれほど安定しているのかという論拠を示す
ことができる)。これらのワームホールは非常に小さ
いので、その一つに落ちて、並行宇宙に連れていかれる
ことを心配する必要はない。

・スティーブン・ワインバーグは多宇宙という考えは
魅力的だと考えている。「私はこれは魅力的な宇宙像
だと思う。明らかにそれについて真面目に考えてみる
価値がある。重要なのは始まりがなかったと示唆して
いることである。より大きなビッグバンが次々と起こ
るので多宇宙は永遠に続いていく。誰もビッグバンの
前の問題に取り組む必要がない。多宇宙はここにずっ
と存在していた。それは非常に満足のいくものだと
思う」(多宇宙の理論は、明確な始まりをもつユダヤ
−キリスト教の創世記の説明と、時間のない宇宙で
始る仏教のニルヴァーナ理論とを統合できるように
思える。この宇宙像では創世はニルヴァーナのなかで
連続的に起きている)。

・しかし、ワインバーグはこれらの並行宇宙の多くは
死んだと考えている。これらの宇宙のなかでは陽子は
不安定なので、そこにはDNAも安定した物質もない。
それぞれの泡は存続できる宇宙を表しているかもしれ
ないが、その大半は安定した物質を含まない電子と
ニュートリノの海で構成されており、おそらくおも
しろくないだろう。
・この単純な宇宙像の長所の一つは、私たちの宇宙の
もっとも奇妙な点の一つに答えを与えることである。
たとえば、宇宙の物理定数が非常に狭い範囲にある
ことが知られている。もしこれらの定数(さまざまな
素粒子の質量と結合定数のような)がわずかでも変化
するとカオスが起こり、生命は不可能になってしまう。
陽子が崩壊し、原子核は不安定になり、DNAは形成
されず、地球上で炭素を土台とした生命が誕生する
ことはない。

・これはどうでもいいことではない。これまでのとこ
ろ、テストされたすべての重要な物理定数は、生命と
矛盾しないこの狭い領域にあることが発見されている。
これは人間原理と呼ばれ、宇宙の物理定数は生命を
可能にするように定められている、という考えである。
一部の科学者はこれは純粋に偶然の一致であると論じ
るが、それは信じがたい。ほかの科学者は、これは
宇宙の神意の存在を示している、と論じる。それが
生命と意識が生じるようにこれらの物理定数をもつ
宇宙を選んだと。しかし、多宇宙という考えに立つと、
新たな解釈が生まれている。

・もし、無数の宇宙があるのであれば、ほかの宇宙
では物理定数が異なっているだろう。ワインバーグの
いうように、これらの宇宙はおそらく電子とニュー
トリノの死んだ海なのだろう。しかし、偶然にも、
基本的な物理定数が安定したDNAを作ることの
できる宇宙があった。私たちの宇宙は偶然それらの
一つであった。それが私たちがここにいて物質に
ついて論じていることを証明する。いいかえると、
多宇宙の考えはなぜ人間原理をもたなければなら
ないかを簡単に説明してくれる。

--------------------------------------------------
以下は、火星に関する添付資料です。

「火星−解き明かされる赤い惑星の謎,ポール・
レイバーン,マシュー・ゴロンベック,1999年,日経
ナショナル・ジオグラフィック,原書1998年」より

・55年、ホワイトハウスは声明を発表し、57年7月1日
から58年12月31日まで実施される国際的な科学研究
プログラム「国際地球物理学年」の期間中に、有効
搭載量1.6キロの小型ロケットを打ち上げると明言し
ていた。だが、ソ連は、この期間よりずっと早く、
有効搭載量のはるかに大きい衛星を打ち上げた。この
快挙によって、ソ連は冷戦の相手に圧倒的な勝利を収
めた。これにより米国内では、ソ連がヨーロッパから
核ミサイルで米国を攻撃するかもしれないという不安
が募った。

・NASAはソ連と争って、人間を月に送り込むプログラ
ムの設計に取り組む一方で、火星の無人探査の計画
づくりにも着手した。ケネディが演説に述べたのは、
ジョバンニ・スキャパレリが初めて火星に「運河」を
発見したと報告してから1世紀近くも後のことだった。
だがこの間、科学者が取り組んできた「火星に生命は
いるか」という疑問の解明には、はかばかしい進展が
見られなかった。22年と24年に火星が地球に接近した
時、米国政府は各ラジオ局にしばらく放送を中断する
よう命じて、無線のオペレータに火星からの信号を
捕捉させようとした。

・科学ライターのジョン・ノーブル・ウィルフォード
によると、「24年8月22の夜、太平洋全域の海軍の
ラジオ局が3日間送信を停止した。そうすれば火星
からの信号を受信できると考えたからだ」という。
ウィルフォードが指摘するように、このエピソード
の最も興味深い点は、当時の世界が3日間も通信を
中断できるほど平和だったらしいということだ。

・ケネディが演説を行った当時、天文学者たちは、
彼らの目にはほぼ完璧と映る火星の写真を入手して
いた。彼らは「火星には地球よりはるかに少ない水
しかなく、海は存在しない」と考えた。水があるのは
北極と南極だと考えられた。四季の変化とともに白い
極冠が拡大と縮小を繰り返すことが観測されていた
からだ。

・アリゾナ州フラッグスタッフのローウェル天文台に
勤務する天文学者アール・C・スライファーは、火星
の写真を10万枚以上収集し、64年に没するまで
ローウェルの学説を信奉した。彼は「50年ほど前、
火星生命説が唱えられて以降、新たに発見された事実
はすべてこの説を裏付けている。こうした証拠を自ら
の目で確認した人々が年々増えている」と書いている。

・スライファーがあと数年長生きしていたら、火星
生命説に対する彼の自信は厳しい試練を受けていた
だろう。宇宙時代が幕を開けた頃、天文学者の多く
はスライファーほど生命の存在を確信していなかっ
たが、火星に運河があるとはとっくに考えていなか
ったからだ。彼らは運河の存在を確認することが
不可能だと気づいた。ある者は運河を見たと言い、
ある者は見えなかったと言う。

・結局、天文学者の多くは、運河に見えるのは、ある
種の目の錯覚だと断定した。それでもスライファーは
運河の存在を信じ続けたが、その一方で火星の研究に
重要な貢献を果たした。収集した膨大な数の写真を
もとに火星表面の優れた地図を作成し、後世に残した
のだ。スライファーが最後に製作した地図には、やは
りローウェルが見たという運河網が記されていた。

・60年代初めの火星研究で最も重要な問題の一つは、
火星の大気密度の正確な測定だった。つまり、火星に
は生命を維持するのに十分な大気があるのか、それと
も大気が希薄で生命が存在し得ないかという問題であ
る。ローウェルは火星表面の光の反射を測定して、
火星の大気圧を確認しようとした。計算の結果、地表
付近の大気圧は約87ミリバール、つまり地球表面の
大気圧(1000ミリバール)の約10分の1程度に違いな
いと考えた。この数字はほかの計算でも裏付けられ、
多くの天文学者がローウェルのこの学説を支持した。

・火星の大気の組成については、もう一つ重要な発見
があった。47年にオランダ系米国人の天文学者ジェラ
ード・P・カイパーが火星の大気中に二酸化炭素の
存在を確認したのだ。

・カイパーは分光計を使って火星の表面から反射され
る赤外線の様々な波長を分析した。二酸化炭素は、
特定の波長の赤外線だけを吸収し、その他の波長の
ものを通過させるので、その存在を確認できる。
カイパーは大気のない月が発する赤外線を測定し、
火星が反射する光と比較した。さらに地球の大気中
の各種気体による吸収を検討した結果、火星の大気中
に二酸化炭素が存在することを示す測定値を得た。

・だが、二酸化炭素の大気圧を計算した際、大気圧
が低いと見当をつけていたカイパーは、火星の極冠が
凍結した二酸化炭素、つまりドライアイスでできて
いることはあり得ないという誤った結論に達した。

・その後の研究もカイパーの誤った結論を鵜呑みにし
たらしく、極冠は水でできているという考え方が次第
に定説化していった。50年代の半ばには、火星の大気
圧に関する誤った判断が、その数十年前にローウェル
が発表した測定値をほぼ裏付け、火星の気象パターン
は地球とそれほど変わらず、空には雲が漂い、地表に
は激しい砂嵐が吹き荒れていると考えられた。56年に
は、南半球で発生した砂嵐が火星全体に広がる様子が
天文学者たちによって観測された。

・火星表面の写真を撮影した天文学者は、ブルーや
青紫色、紫外線のフィルターを通して撮影すると、
地表の細部がほとんど見えなくなるのに気づいた。
ここから、ある研究者は大気中に「バイオレット層」
があり、生物を死滅させる紫外線から地表を守って
いるという学説を唱えた。その層の組成については
誰にも想像がつかなかったが、この説は突飛だがあり
得ないわけではないとして、火星探査が開始される
まで根強く支持された。しかし、別の観点から、火星
は地球の双子の兄弟だと考えられた。自転軸の傾斜
角度が地球とほぼ同じで、ほかの惑星とは異なって
いるし、南北の極冠はやはり夏のあいだ縮小し、冬に
なると拡大するのだ。

・極冠が凍った二酸化炭素でできていると推測する者
もいたが、当時は水でできているという説のほうが
支配的だった。もう一つの類似点は、火星の一日の
長さが地球とほぼ同じ24時間37分だったことだ。

・火星と地球の最大の類似点は、明るい部分と暗い
部分のパターンが、四季の移り変わりとともに変化
して見えることだった。火星には液体状の水が存在
しないが、”消長する闇”という不気味な名前でも
呼ばれるこの現象は、地球と同じく、夏に繁茂した
植物が冬に枯れることによって起こるとも考えられ
た。不思議なことに、暗部の色調は青や緑がかって
いると言われた。

・ローウェルが描いた火星生命の幻影を追い続けた
スライファーは、54年にナショナルジオグラフィック
協会の資金援助を得て、南アフリカ共和国ブルーム
フォンテインを訪れた。この年地球に大接近する火星
を、南半球から間近に観測するのが目的だった。この
時の観測でスライファーは、テキサス州とほぼ同じ大
きさの暗部を発見し、「この暗部は、これまでに見つ
かった暗部と同じく、青緑がかって見えた」と報告し
ている。生物学者たちは、地衣類か、それに類する
植物の群生が暗部を作っているのではないかと推測
した。

・「こうした植生地帯は、火星が死の世界ではない
ことを雄弁に物語っている。そうでなければ、はるか
以前に風がちりや砂を一面に撒き散らして、火星全体
が同じ色調に見えるはずだ」。自説をまげない天文
学者スライファーはこう述べている。

・さらにもうひとつの証拠、これも後に誤りである
ことが判明する−が、スライファーの説を裏付けた。
天文学者ウィリアム・シントンがカリフォルニア州
サンディエゴに近いパロマー天文台にある直径5
メートルの巨大望遠鏡を使って、火星が反射する
太陽光を分析し続けたのだ。そして58年、彼は表面
の何かが特定の波長の光を吸収していることを発見
した。

・吸収される光の波長は、炭素と水素の結合部分を
含む分子、つまり地球上の生命を形作る有機分子が
吸収する波長と同じだった。そこで地衣類や苔類に
実験してみると、その光の吸収パターンは、驚くべ
きことに火星で観測されたものと一致した。こうし
て光を吸収する地域は、”シントン・バンド”とし
て知られるようになった。「一見したところ、
ローウェルとカイパーの説を裏付けるこれ以上有力
な証拠は考えられなかった」。マリナー計画と、
その後のバイキング計画で生物学研究チームの責任
者を務めたカリフォルニア工科大のノーマン・ホロ
ウィッツ教授はそう語っている。だが、NASAの諮問
機関として組織され発足した宇宙科学委員会はシン
トンの発見を鵜呑みにはしなかった。同委員会は
「シントンの実験だけでは、シントン・バンドが
無機物質の組合わせでできている可能性を否定でき
ない」と反論した。それでも、委員会は「つまる
ところ、この証拠は火星に生命が存在することを
示唆している」という結論を出した。

----------------------------------------------

・65年7月15日、地球を出発してから7ヶ月以上の時
を経て、マリナー4号は火星の裏側に回り込み、
この赤い惑星に到達した最初の宇宙船になった。

・マリナー4号のカメラレンズには明らかにちりが
付着しているらしく、画像は何の役にも立ちそうに
なかった。付着したちりと火星の大気中のもやの
影響を取り除くため、コンピュータによる画像分析
が行われた。マリナー4号はさらに写真を送り続け
た。

・その多くには、最初の写真よりも好ましい光の
状態でこの惑星が映っていた。やがて、はるかに
鮮明な火星の写真が届くようになると、研究所の
チームはほっと胸をなで下ろし、記者たちにその
写真を公開した。そこに映っていたものを見て、
科学者たちも大衆と同じくらいの衝撃を受けた。

・火星には、あばたのようなクレーターが、延々
と続いていた。火星が地球よりはるかに月に似た
星であることは一目瞭然だった。この惑星は断じ
て地球の兄弟星でなどであり得ない。

・そのごつごつした表面では、数十億年にわたっ
て地球の表面を変貌させてきた、侵食や地殻プレ
ートの衝突などの現象が、一切起きていないよう
に見えた。マリナー4号は磁場を探知できなかっ
た。つまり火星には、地球と異なり、激しく活動
する、溶けた金属のコア(核)がないことを示し
ていた。

・マリナー4号は極めて正確に火星の大気濃度を
測定することに成功した。その測定結果は、火星
に生物が存在する可能性を信じてきた人々の希望
を完全に打ち砕いた。火星の大気を通過した電波
を測定したところ、火星の大気は地球の気圧の
0.5パーセント程度しかなかった。ローウェルが
はじき出した数字の約10分の1に過ぎなかった。
大気がこれだけ薄いと、地表にある水はすぐに
蒸発してしまう。結局、ウィルソン天文台が推計
した火星の大気濃度の方が、それ以前の推計値よ
りもはるかに真実に近かったのである。

・マリナー4号のテレビカメラの担当チームを
統括していたロバート・レイトンは、マリナー4
号のデータ中の、一見して奇妙な矛盾点の解明を
試みた。地球からの観測に基づく計算では、火星
の大気には地球の大気の約30倍の二酸化炭素が
含まれているはずだった。だが、マリナー4号の
観測では、火星の大気は極めて薄い。この二つの
観測結果のつじつまを合わせるには、火星の大気
がほぼ完全に二酸化炭素でできていると考えるほ
かない。このことは何を意味するのだろう。

・この問題に取り組んだレイトンは、様々な計算
によって、火星の極冠の氷の温度を割り出した。
極冠の氷の平均温度は約マイナス125℃だった。
レイトンと、彼と一緒にこの問題を研究していた
マレーは、突然、その数字がもつ重大な意味に気
がついた。

・マイナス125℃とは、気体の二酸化炭素と凍っ
た二酸化炭素が平衡を保つ温度だ(つまり、この
温度では、凍った二酸化炭素が気化することも、
大気中の二酸化炭素が凝固することもない)。
このことの意味はただ一つしかなかった。火星
の極冠は、氷で形成されているのではない。間違
いなく、凍った二酸化炭素、つまりドライアイス
で形成されているのだ。こうして、厳密な科学
研究が、地球と火星の見かけ上の類似点をまた
一つくつがえした。

・この新発見と表面を覆うクレーターの発見に
よって、火星と地球が双子の惑星だとする説は
根底から揺らいだ。「火星には、火星人もいな
ければ、運河も、水も、植物もない。その表面
には地球の表面に似た特徴など一切なかった」
と、マレーは述べた。「当初の予想とはまったく
逆に、火星が生命にとってきわめて生きにくい
ところであることが分ったのだ」

・マリナー4号は21枚の写真を送ってきた。
最接近した時は、地表から1万キロ足らずまで
近づいた。火星から離れた時、マリナー4号は
火星に関する科学的知識をほぼ残らずくつがえ
していた。マレーはこう述べている。「マリ
ナー4号が火星に到達する以前には、望遠鏡で
観察したデータしかなかった。しかもその多く
が間違いだった。正しい知識と同じくらい、
誤った知識がまかり通っていたのです」

・マリナー4号の到達以前には、どの観察結果
を見ても、火星と地球は双子星だと思えた。
火星はほかのどの惑星とも異なり、1日の長さ
が地球とほぼ同じである。自転軸の傾きも地球
の自転軸の傾きにほぼ等しい。四季の変化と
ともに、地球と同じような変化を見せる極冠が
あり、植生のように拡大と縮小をくり返す暗い
部分がある。

・したがって、マリナー4号の到達以前は、
「火星と地球が双子の星で、極冠が氷でできて
いるというのは常識だった。つまり、かつて
火星の表面には水が存在したし、季節によって
変化する模様が原始的な植物であるということ
だった」と、マレーは語る。

・マリナー4号とそれ以降の研究で明らかに
なったように、科学者たちは本来あり得ない
偶然の一致にまんまとあざむかれていたのだ。
地球と火星の類似点は、偶然の産物だった。
地球の1日の長さは、月の重力との相互作用
により徐々に変化してきた。

・火星の白い極冠も、凍った二酸化炭素、
つまりドライアイスであって、地球の極冠を
覆っているような氷ではなかった。火星に
生命が存在する可能性はようやく消滅した
ようだった。火星は寒すぎた。その大気は
あまりにも薄く、その表面はあまりに乾燥
していた。

-----------------------------------------

・マリナー9号の発見によって、「消長する闇」
に関するセーガンの説の正しさが確かめられた。
この現象は、植物ではなく、季節的な砂嵐がもた
らしたものだった。嵐の影響で、表土や岩石の
明暗の模様が変化していたのだ。火星の表面に
地衣類などの植物が存在する証拠といわれた
シントン・バンドも結局は科学者の犯した大間違
いだった。

・研究者たちは、このバンドが植物の存在を示し
ているのではなく、水素原子の片方がジューテリ
ウム(重水素原子)に置き換えられた、水の分子
が引き起こす現象であることを明らかにした
(ジューテリウムは、核に中性子が1つ余分に
ある場合自然に生まれる、水素の同位体だ)。
シントン・バンドは地球の大気にも含まれている
重水素の産物であった。火星の生物などとは何の
関係もなかったのである。

・そのほかにも、不思議な発見がいくつもあった。
火星の北半球は火山と峡谷で覆われていることが
分った。一方、南半球は無数のクレーターに覆わ
れている。クリュセ平原に網目状に広がる地溝の
集まりは川よりも、大洪水で形成された可能性が
高い。

・当初の計画では90日間活動する予定だった
マリナー9号は、実際には1年近くも火星から
情報を送り続けた。72年10月27日、機体の
位置制御システムに使用するガスを使い切ると、
マリナー9号は活動を停止した。

・だがそれまでにこの探査機は、火星と火星の衛
星(月)の写真を7329枚も地球に送った。それま
での太陽系探査ミッションから受信した全データ
を上回る数だった。マリナー9号は、歴史上最も
重要で、最も成功した火星探査ミッションにな
った。

・後にブルース・マレーは「72年にマリナー9
号のミッションが終わった時、私たちの火星観は、
もう一度根底からくつがえされた」と書いている。
 「ローウェルが考えた、地球によく似た火星の
イメージは完全に時代遅れになった。そればかり
か、マリナー4号、6号、7号の3機からなる
初期のフライバイ・ミッションが描いた、月に
似た火星の姿も過去のものとなった。マリナー9
号が明らかにした火星は一元的に捉えられるもの
ではなかった。それは、いくつもの謎めいた顔と
不思議な歴史をもつ惑星だった。かつて生物が
存在した可能性がまたも浮上してきたのだ」

-------------------------------------------

・セーガンはバイキング号に照明装置をつけよう
と主張したが、計画の立案者たちはこの要望を
却下した。またセーガンは、バイキング号の周囲
にいろいろな栄養物をまいてみてはどうかとも言
った。セーガンは本気で、探査機の周りを歩き
栄養物をなめる大型の生物が見つかる可能性が
あるから、これを探そうと主張したのだ。こう
した生物は、バイキング号の生物探査の対象で
あるマイクローブ(微生物)に対して、マクローブ
(大型生物)と呼ばれた。するとセーガンの友人
で、ノーベル賞生物学者のジョシュア・レーダー
バーグが、「火星は寒いから夜行性の生物はいない
と思う。夜は気温が最も下がるはずだから、大型
の生物は体温を失わないように眠っているはずだ」
と言った。

・だがセーガンは納得しなかった。「地球の北極
にも寒さに強い魚がいるじゃないか。捕食動物
にとっては、夜間に動き回って、眠っている生物
を熱センサーで見つけて食べるのがいちばんうまい
手じゃないかな。」極寒に耐えられる生物は地球
でもごくまれだと言われても、セーガンは引き下
がらなかった。
「誰かがすすんで真偽を確かめられない説を主張
する必要がある。そうすれば実験結果や観察結果
しか重んじない連中も本気で反論してくるんだ」

-------------------------------------------

・グローバル・サーベイヤーを新しい軌道に乗せ
る操作の一環として、軌道エンジニアたちは97年
10月に3週間、98年の3月27日から6ヶ月間、エア
ロブレーキングを停止した。この間、探査機器は
作動していたので、火星には磁場があるかという
火星の最大の謎の一つにはすぐに答えが出た。ほ
かの多くの火星の謎と同様、この謎はこの赤い星
に生命が存在するか−あるいはかつて存在したか
−という問題と関連があった。

・エアロブレーキングの実行中、グローバル・
サーベイヤーは最終軌道よりもこの惑星表面に
近づいた。火星表面の約113キロ上空の軌道を
周回中、不思議な磁気ポケットがあちこちに
散らばっているのが計測でわかった。メンロー
パークの米地質調査所の火星の専門家、マイケル
H・カーはこの発見に興奮した。彼はこう語って
いる。「表面はところどころが磁気化していた。
しかし、磁気化しているのは非常に古い地層だけ
で、新しい地層では確認できなかった。つまり
太古の火星には磁場があり、その磁場で結晶化
した岩石がその痕跡をとどめていると考えられる」

・ある意味では、磁気化した岩石の破片は太古
に磁場があったことを証明する化石といえる。この
発見はグローバル・サーベイヤーがエアロブレーキ
ングを実行して初めてもたらされたものだった。
「大気圏に進入しなければ、この発見はなかった
でしょう」と、カーは言った。「普通の軌道では
高度が高すぎて」、かすかな磁気を感知するのは
無理だった。

・磁場の発見前に、カーはこう述べている。「初期
の火星は内部が熱く、現在の地球のように発電して
いたのでしょう。そして、内部が冷えたとき、発電
も終わったと考えられます」。地球の磁場は、金属
の核が擾乱して発生した。今度の新発見は、かつて
火星でも同じ現象が起きていたことを示している。
これまでの火星の磁場の計測では、磁場があった
としても、ごく小規模なものにちがいないという
ことしか分らなかった。

・グローバル・サーベイヤーの科学斑の主任、
アーデン・L・オールビーによれば、何十億年も
前に磁場が存在したことが分ったことで、科学者
たちは「火星の温度の歴史」を見直すことができる
ようになったという。
 「その歴史を解明できれば、火星の内部がいつ
活動を停止し、いつ火山ができたかが分り、そう
考えられる根拠が説明できるようになるでしょう」
と、オールビー。磁場の発見が、火星に生命は存在
するのかという謎と関わるのもまさにこの点にある。
火星の「温度の歴史」がわかれば、火星にいつごろ
水があったか、いつ生命が生まれ得たかという論争
に決着を付ける材料になるのだ。



フォローアップ:



フォローアップを投稿

氏名:
E-mail:

タイトル:

コメント:


[ フォローアップ ] [ フォローアップを投稿 ] [ 「(4)宇宙と自然科学」 ] [ FAQ ]



新アダムスキー全集 全12巻+別巻

第2惑星からの地球訪問者 超能力開発法 21世紀/生命の科学 UFO問答100 金星・土星探訪記 UFOの謎 21世紀の宇宙哲学 UFO・人間・宇宙 UFOの真相 超人ジョージ・アダムスキー 肉体を超えて宇宙と一体化する方法 New!
宇宙の法則
UFO──宇宙からの完全な証拠
第 1巻 第 2巻 第 3巻 第 4巻 第 5巻 第 6巻 第 7巻 第 8巻 第 9巻 第10巻 第11巻 第12巻
別巻
購入 Amazon
楽天
Amazon
楽天
Amazon
楽天
Amazon
楽天
Amazon
楽天
Amazon
楽天
Amazon
楽天
Amazon
楽天
Amazon
楽天
Amazon
楽天
Amazon
楽天
Amazon
楽天
Amazon
楽天

Powered by DomainService.jp