投稿者 Junichi 日時 1998 年 3 月 06 日 01:49:58:
回答先: Re: 転生ってあるんですか? 投稿者 大木数馬 日時 1998 年 2 月 26 日 08:22:03:
数馬さんは、聖書についてもよくご研究されているんですね。
驚きました。この部分は奥義として語られていることなのに、今までほとんど
関心をもちませんでした。
> 聖書にも【ここで貴方に奥義を告げよう。わたしたちすべては、眠り続ける
> のではない。終わりのラッパの響きとともに、またたくまに一瞬にして変えられる。】
> (コリント人への第一の手紙15−51)とあります。
> 【終わりのラッパ】つまり「死」んだ時、【眠りつづけるのではない】と言っています。
> また、朽ちるもの(肉体)が朽ちないもの(霊的な体)をまとうのが、一瞬である
> とすれば、これは「転生」が一瞬にして行われることを言っているという意味にも
> とれます。
この部分は「復活」に関しての説明の続きであるので、通常は「最後の審判
の時」のことであると解釈されてきました。ハルマゲドンの後のことですね。で
も、「眠り続けるのではない」という部分に注目すると、それは死後、イエスの
再臨の時まで待つという時間の隔たりが「無い」ことを意味しています。
あるいは、死後すぐに「キリスト」としての聖霊が注がれる場合を意味してい
るのかもしれませんが、本当に重要な部分だと思います。この部分の解釈を、
死後すぐに転生なり復活が生じると解釈できれば、人の霊の体はすでに「死」
を超え、それに勝利を得ていることになるわけです。素晴らしい解釈ですね。
> でも、それは何か別の要素、例えば人の心を読みとる能力とか透視能力などで
> 説明がつくかも。この点はもっと研究が必要です。
> 宗教も人の願望が基本となって成り立っている部分がありますから。
ESP仮説については、まだ可能性はありますが、子どもがそのようなことを
はたしてする必要があるのかどうかを考えてみると、あまり無いと言わざるを
えないでしょう。親の関心を惹くにしても、特定の死んだ人間の記録を提示す
る必然性がないように感じられます。それが本当に的中しているケースは、
やはり魂の記憶という解釈は最も可能性が高いし、合理的なように思うので
す。
> あと、問題は転生にかかる時間ですね。書籍にある多くのケースでは、わりと
> 時間がかかっているように思うのです。(”年”単位で)
> それで他の宗教では霊界の存在を認めているのだと思います。
> こうした見解の相違はよくあることで、それはそれで良いです。
>
> 数馬
転生にかかる時間は今のところ説明がつきませんが、ひとつの可能性とし
てケイシーが説明した、ある星へゆき留まることなどがあげられます。よくわ
からない記憶の部分は、他の特殊な場所への転生をして、胎内か幼い時期
の記憶が不確かな部分を記憶から割愛しているのではないかとする説明で
す。
そうした部分は説明不可能な部分が多いですから、あえて記憶から出て
こないか、説明されていないのだと思います。
これも単なる可能性を示唆しているだけで、本当のところはわからないと
いうのが正直な言い方だと思います。
この問題は、まだこれからの解明を待つ必要が多いにあると思います。
アダムスキー氏は、ニューヨークのカソリック教会で、演壇に立って講演
をしたことがあるという人でしたから、ローマへ出かけた時に、ヨハネ23世
に謁見し「黄金のメダル」を授与されたわけです。
私たちは気付かないけれど、彼の説明中には、随所にそうしたカソリック
の深い知識が含まれているのかもしれませんね。
Junichi