Cosmic Consciousness

意識の声 No.75 より

1996年10月号

 

真実と創作の相違

 

 私はこのところずっと英文新約聖書の使徒行伝を毎夜床についてから少しずつ読み返しましたが、特にパウロの言行について感動と疑惑が錯綜し、聖書というのは半分か三分の一は創作なのだと感じるようになってきたこの頃です。小アジア(トルコ)からローマに及ぶ、当時としては大航海を遂げながら、死の危険をかえりみずにイエスの教義を説いて歩いたパウロの言動を「誰か」が克明に記録したことになっていますが、その文章は、絶えずパウロに同行して彼の言動をビデオカメラで撮影記録した人間が、それをあとで映写しながら原稿を書いたとしか思えないほどに精密な描写がしてあるのです。

 

 聖書の筆者の正体は使徒行伝ばかりかマタイ・マルコ・ルカ・ヨハネの四大福音書に至るまで謎とされています。

 

 ここに至って、私の感覚がパウロの言動を一から十まで克明に透視するほどのレベルに発達しない限り、聖書の内容をすべて「事実」として確認することは不可能だという結論に達します。しかしそれは無理ですから、私は過去のある事件を研究する場合、徹底的に現地調査、その他の事実を検証して、極力創作的な部分を排除しながら「事実」のみを浮かび上がらせる手法を用いていることを強調したいと思うのです。

 

 アダムスキー研究の場合もそうでして、私は過去に多数回アメリカの土地を踏んで、アダムスキー関係者から徹底的に傍証を洗い出した上、あらゆる資料を収集して証拠を固めた上でアダムスキーに関する事実のみを書いてきたつもりです。その結果、アダムスキーの体験記の内容は絶対に真実であったと声を大にして確言することが出来ます。アダムスキーに会わなかった私ですが、こうまで研究調査を続行した人間は世界にいないだろうと自負している次第です。それはダニエル・ロス氏も言っていることです。

 

 ところが、アメリカへ行って調査するどころか、アダムスキーのUFO写真をちょっと見たり、翻訳書をちょこっと読んだりした程度で「アダムスキーはインチキだ」と簡単に片付ける人がいかに多いことか! この地球世界はメクラの集まりだと、天を仰いで慨嘆これを久しゅうしている私なのかと言いますと、ナー二、なんともありません。もう宇宙時代は玄関先まで来ているからです。

 

 イエスの時代は二千年も昔の事なので証拠固めは困難を極めますが、それでも私が集めたイエス関係の資料やエルサレムその他の現地で調べた限りでは、イエスという方が実在したことは絶対に真実であり、また一二使徒やパウロという人物の実在にも疑惑の余地はないという結論に達していますけれども、現在に残る聖書という書物はあまりにも謎に満ちています。したがって普通のキリスト教徒のように、聖書の一言一句をすべて真実の言葉として文句なしに有難がっている信徒達の態度には同調出来ませんが、聖書が永遠の書として今も全世界の多くの人を魅了している理由は、あの書の中には確かに宇宙の法則ともいうべき絶対的な真理が述べてあり、それが人々の琴線に触れて魂をゆさぶるからであると思われます。その絶対的な真理、それは「愛」の法則です。

 

 それは別として、私達にとって今最重視すべきはテレパシーまたは透視能力の開発です。物的証拠のみを重視する現代の検証法はそれなりの効果はありますが、あらゆる出来事の物証の入手は不可能ですから、そこは直感力で敏感に察知する以外に方法はありません。このことに気づいていたのはドイツの哲学者のカントです。彼の名高い『純粋理性批判』には「アプリオリの直感力」という言葉が頻繁に出てきますが、あるとき私はこの意味がパッと解ったのです。「これは人間の内奥に先天的に潜在するテレパシー能力を意味するのだ!」と。この「発見」には異論もあるでしょうが、私は間違いないと確信しています。カントという人は、太陽系の各惑星に大文明が存在することを予想していたという逸話があるのです。ただの哲学者ではありませんね。

 

 アダムスキーは二千年昔のイエスの姿を透視して、あの油画を描いたのですが、私達もこのような能力を開発するならば飛躍的な向上を遂げることになるでしょう。ここにおいてアダムスキーの説く宇宙哲学がたんなる観念論的な机上の空論をはるかに超えた高次元な精神世界探求法であることがわかります。困難ではありますが、やはりこの目標に向かって前進するべきでしょう。

 

 

 

真理は簡単なもの

 

 真実の法則というのは決して複雑難解なものではなく、むしろ極めて簡単明瞭なのです。つまり「大宇宙にはたった一つの創造主がいる。この創造主が宇宙の万物を創造し支えている。したがって人間は本来一体的なものであって、分離はない。だから我々は万人と調和して一体化を図らねばならない。これを『愛』という。そうすれば極楽浄土が実現する」。こんなものです。これを二千年昔、ナザレのイエスという人が唱えて実践をすすめたのですが、容易に認められませんでした。今でもそうです。しかしこれを完壁に実践して天国のような社会を築いている別な惑星の実態が知られれば、そのときこそ地球世界には激烈な大変化が生じるでしょう。その時期は来世紀です。若い人達はその時代を迎えることが可能になるでしょう。忍耐強く待つことですね。

 

 

 

自分の運命を絶対に良くする方法

 

 自分の身体よりも外側に存在する世界を哲学用語で「外界」(Outer World)と言い、逆に自分の体内を「内界」(Inner World)と言います。地球人は外界に対して全くの盲目であるらしいのですが、しかし失望は禁物です。「すべてが(自分の内界や外界のすべてが)必ず良くなる!」。簡単に言いかえれば「すべてが良くなる!」と反復暗唱して、希望を抱き続けながら日常生活を続けることが安全な道を歩む最大の秘訣です。絶対に暗い想念を持つべきではありません。ときには思わぬ障害に遭遇して苦しむこともあるでしょうが、そのときには「これで自分の悪しきカルマが解消された」と思って喜び感謝すればよいのです。そしてまたも「すべてが良くなる!」と唱え続けながら、明るい希望に満ちた想念を持続するならば、素晴らしい運命が展開します。このことを私はノートルダム大聖堂の大鐘を叩きながら断言します。そして実際にその方法によって奇跡的に運命を改善した人達が日本GAP内部に少なからず存在するのです。

 

 灯下読書に最適の季節となってきました。次号のユーコン誌を熟読して下さればGAP活動の推進者冥利につきます。皆様お元気でお過ごし下さい。


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