投稿者 異邦人 日時 2002 年 11 月 04 日 11:25:52:
回答先: Re: ローマ・カトリック教会とアダムスキーについて 投稿者 空に太陽がある限り 日時 2002 年 11 月 04 日 00:02:31:
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|> *たしかにその様になつて欲しいと思いますが、半世紀が過ぎた現在
|> でもそうなっていないのが現状です。
|> スペースブラザーズが地球人の中の重要人物でしかも宇宙的な想念
|> を持つている人達となんらかの方法でコンタクトを取っている事は
|> 有る様に感じますね。
|> またそれを理解している一般の人も少なからず居ると思います。
|> しかしながら教会の信仰者のほとんどがそのことを理解している
|> とは思えません。
|> かと言ってお金や社会的な地位によって、これらの目的が達成
|> されるとは考えられない事をお分かりいただければと思いRes
|> しています。
いったいローマ法王と言う地位は、クリスチャンの人々にとっていったいどのように位置づけがなされていることでしうか?それは、けしてお金や地位の問題ではなく、もっとそれを超えた問題であるはずです。日本の皇室にしても、それはお金や社会的地位を超えた処のその民族や国家の文化の問題に深く関わりがあるものと思われます。それゆえに、クリスチャンの人々にとっては、世間的な意味でのお金や社会的地位の問題ではなく、世界的な宗教の精神的指導者としての意味があるものと思われます。それゆえに、お金や社会的地位によって人々を動かすということではなく、歴史的文化的な力によって社会の中に生きている人々に影響を与えてゆくということであると思われます。それは社会の中で働く作用であり、このような文化的作用は、お金と地位だけでは作用しないものであり、人々の奥深くに歴史的に関わりのある伝統や文化の世界を通して成されてゆくものであると思われます。文化とはお金や地位の上に位置しているものであり、ローマ法王の位置とは、世間的な社会的金銭的位置を超えた存在であり、キリスト教世界の中に生きている人々にとっては、クリスチャンの人々にとっては、その意味が異なっていると思われます。