投稿者 異邦人 日時 2002 年 11 月 28 日 00:01:45:
回答先: Re: アダムスキーを通しての倶舎論研究の必要性について 投稿者 住田 一成 日時 2002 年 11 月 26 日 22:52:47:
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|> |> >新しい闘争をするという発想ではないということです
|> そういう意味での闘争をするということではないです。これは説明不能なところに
|> なりますが、私にとってはこの倶舎論の議論は「闘争」そのものです。きわめて平面的な思考であるために「闘争」にならざるをえないということです。片一方に動けば正反対の動きを生むためです。ここの感覚は説明不能です。とりあえずそういう感覚の人もいるということで認めてください。
|> >もし、このような結論が宇宙哲学を学んでいる人の宗教団体に対する結論であるのであれば、あるいは、宇宙意識やテレパシーを学んでいる人の言葉の想念と結論であるのであれば、宇宙哲学や宇宙意識から来る結論や解答がこのようなことなのでしょうか。もっともっと別の発想と智恵を見いだすことができないものでしょうか。
|> 結論ではありませんが私の意見です。それ以上でもそれ以下でもありません。
|> 「闘争」の意味するところがかなり違うのです。
|> その意味はたんなる「いいあらそい」や「暴力」だけではないのです。
|> 私の感覚では「あなたは闘争している」と感じるのです。なぜアダムスキーの思想そのものでいかないのか不思議でわからない感覚です。とりあえずあなたが言う意味の闘争ではないのですが、それは私には闘争に見えます。思考の闘争のようなものです。
|> 感覚わかりますか?
アダムスキーの様々な書物を読んで、その当時のアダムスキーと彼を取り巻く社会と文化について考えた場合、アダムスキーが社会や文化に対して必ずしも否定的な対応をされていたと思えないものがあります。それはカトリック教会に対しても、他の宗教団体に対しても、そして他の政治団体に対しても、彼の行った行動は、社会や文化との関係性を重んじる中で、その社会や団体の進歩を促していたように思えてきます。伝統的な文化や保守的な体制の中で新しい世界観を広めてゆくということは、同時にその中に生きている人々のあり方を理解する視点も持っていたことと思います。そのようなことで当時のアメリカに於いてはカトリック教会は大きな意味を持っていたと思います
それと同じような視点に立って日本という国は、当時のアメリカの国と宗教も文化も異なっています。アダムスキーは、一面で社会や宗教の変化と進歩を時間をかけて変化させてゆくことを希望していたように思えます。日本には、日本の文化と宗教があります。そしてその中には政治と宗教を支配する巨大宗教団体もあります。日本という国の中で一つの文化の中で生きている以上、その中に接点を持つという姿勢も重要であり、それでは日本の仏教文化の中においては、どのような形が可能であるのかという視点に立って、一つの可能性ということで倶舎論の中に示されている古代の宇宙観について述べてみました。このことは、この視点はすでに山本佳人著の「仏典とUFO」の中に示されていることですが、仏教文化・仏教経典との関係性において大変意味のある書物であり、日本の文化の中で啓蒙活動を展開してゆく上でたいへん貴重な視点を持っています。アダムスキー哲学は、日本文化とまったく関係がないという視点を持つ方もいらっしゃると思います。アダムスキー自身はカトリック教育を受けていたと言われていますが、キリスト教文化を全て否定し無視してゆくという立場はとっていなかったと思います。もしそのような視点で活動していたのであれば、より多くの人々に啓蒙してゆくことができなかったと思います。それではこの日本の国の中ではいったいどのような形で接点が可能であるのでしょうか、この接点は何も倶舎論だけということではなく、日本文化の中に多くの接点を人々が気付いてゆくことが必要に思えます。UFOの問題をこれまでの歴史や文化との接点において根付かせてゆくということ。アメリカにおいてそれがキリスト教文化と関係性が深いものであれば、日本においては仏教との関係性について考えるという指向性は自然な流れのように感じるのです。しかし、この歴史や宗教文化との関連性において捉えるという姿勢そのものが誤りであるということでしたら、日本の国では、アメリカのようにUFO問題にたいしての社会的広がりを持つことができないのではないでしょうか。