投稿者 異邦人 日時 2004 年 4 月 14 日 22:45:33:
回答先: Re: アダムスキーが母船の中で出会った肖像画 投稿者 異邦人 日時 2004 年 4 月 12 日 22:58:34:
『第2惑星からの地球訪問者』のn169の中に、アダムスキーが母船の中で出会った一枚の肖像画のことが述べられています。『私が入ったドアの真反対の壁に一枚の肖像画がかけてあったが、それは確かに神を描いたものであった。・・・それは18歳ないし25歳ぐらいの一人の神の頭部と両肩をあらわしていて、顔は男性とも女性の完全な融和が具体化されており・・・この神がだれであるかを説明は必要はなかった。カルナが沈黙を破って説明したからだ。「あれは私たちの無限の生命の象徴です。私たちの家庭ばかりではなく、どの宇宙船にも飾ってあります。私たちが年をとらないように見えるのは、いつもこの肖像を見ているからです。」』と述べられています。
創造主の想念振動が一枚の芸術作品の中に顕され、具体的な絵画として顕されるとき、この創造主の想念振動は、その絵画を見ることや絵画からの来る印象を感受することを通して一人一人の感覚を通して創造主の想念振動を学ぶことができるということを『この一枚の肖像画』の意義は顕しています。アダムスキーは、具体的にその一枚の肖像画については、あまり言及していませんが、仮に創造主の想念振動を顕している絵画がこの地球上に存在して、私たちの住む地球の中の様々な美術館の中で展示されるのであれば、人々は美術館の中でその絵画を通してその絵画を見て感じるだけで、その絵画から来る想念振動によって絵画を見る人々の意識と感覚を自然の流れの中で宇宙意識の方向へ変化させてしまう作用があるということを意味しています。つまり芸術という絵画表現の方法を用いて、宇宙哲学に基づく社会運動が『芸術』という形で、地球上の私たちの社会の中で具体的な美術館における展示と言う形を用いて社会や人々の意識を宇宙意識的なものに変化させてゆく秘められた力が絵画の中にはあるということをです。突き詰めて考えてゆけば、創造主は芸術という絵画表現の方法を用いて宇宙哲学をだれでも感覚によって自然に理解できる形で具体的な形として、地球上の『美術館』の中で絵画を通して顕すことであり、芸術という形で宇宙哲学が美術館の中に存在する可能性があるということです。その意味でこの地球上では『美術館』はとても重要な社会的役割を担っているものと考えるこができると思われます。