投稿者 スターダスト 日時 2000 年 8 月 13 日 23:03:12:
回答先: Re: 量子コンピュータ 投稿者 松本 日時 2000 年 8 月 13 日 14:32:40:
内容がはごたえがありますので。
ちょっとレス不能です。
御時間くださいね。
「量子状態」が、時間で微分されている
方程式にのっていますので
これは初期値さえきめれば
未来永劫確定です。
「量子状態」は、物理量ではないことに
興味がありますが、いずれにせよ
数学的には、なにがなんでも
確定です。決定論にのるのです。
この辺について明確に認識しておかないと
観測者たる「ヒト」がはたして
現象を観察したときに
系をみだしているのかという
哲学的問題は空虚です。
「量子状態」は決定論にのるのに
物理量は、、、、不確定性原理によって
【相補的に】未確定であるように
ミ・エ・マ・ス
ヒトの自由意志が、相補的な物理量の
不確定性によるのだと
若き日のハイゼンベルグや
その師のボーアは考えたようですが
私にとっては
量子状態が微分方程式にのっかっちゃてるのに
なんでそこまで言い切れるのか
ハイゼンベルグ、ボーアに
直接聞いてみたい。
。。。。ドイツ語できないけど。
相補的に未確定であっても
それだけで自由意志とよべるのでしょうか。
マクロな系では
量子統計力学がはばをきかせてきますが
単純な確立積分をしているにひとしい。
数の大きい粒子を含む系では
この積分によって、全体が
平均的にならされてしまい
結局、決定論的に系が
時間発展するしかないわけです。
こういう論議をふまえてからでないと
「精神」が
系に自由意志をどのように与えるのか
わからないだろうなと思えるのです。
ちなみに私は解答を知りません。
【相補的に】不確定、、、、ぐらいでは
自由は出てこないのだといいたいだけです。
ヒューの多世界解釈は
この困難を救いますが
あまりにもナンセンスですので。。(−−)