ひとり言でマスターできる英会話

ひとり言でマスターできる英会話

ひとり言でマスターできる英会話

このサイトは、知る人ぞ知る 英語学習の名著である
ひとり言でマスターできる英会話」(久保田八郎 著、アン・デイカス 著)を、
音声自動読上技術を使用して、WEBコンテンツ化したものです。

 

1979年(昭和54年)に出版された書籍であるため、
時代の違いを感じさせるような、懐かしい光景の表現もありますが、
それを想定のうえで、どうぞご活用ください。

はじめに

日本は世界有数の英語教育国です。
中学から高校にかけて6年間英語を学び,大学へ進学した人はさらに2年以上4年間学びますから,たいていの人は英語を6年以上10年間は学んでいます。
しかも英会話の学習書や録音テープ類が氾濫し,英会話学校や英語塾なども隆盛をきわめており,およそ英語の学習に不自由することはありません。
加えて海外旅行に出る人が年々増大し,そのために英語学習熱も高まる一方で,いまや『英語,英語と草木もなびく』というありさまです。
また,英語が重要な国際語になっている事実は海外へ出てみるとよくわかります。

 

それにもかかわらず,日本人で英語を達者に話せる人があまりにも少ないのは,どういうわけでしょう。
大学を出た,高度な知識と教養を持つ人が,海外へ旅行に出てウンともスンとも英語がしゃべれず,途方にくれている光景を著者は何度も目撃していますし,柔軟な頭脳を持つ若い人たちで,せっかく英会話の学習を思い立ち,数万円の投資をして学習用のテープとテキストのセットを購入しながら,まもなく雄図むなしく挫折して,「やはり自分には英語はモノにならないんだ」と嘆く人を何人見たことでしょう。

 

そして少なからぬ人が次のように言います。
「外国で数年暮らさなければ英語は身につかないよ」。

 

はたしてそうでしょうか。
日本で暮らす日本人は,よほど特殊な才能を持たぬ限り,英語をマスターすることは不可能なことでしょうか。

 

「そんなことはない!」と著者は断言します。
学習法を根本的に変えればよいのです。
これまで広く行われていた英語学習法が完全に誤っていたとは申しませんが,少なくとも英語の語感を身につけるのに縁遠い方法であったことは確かです。
およそある外国語が借り物でなく自分自身の言葉として――つまり母国語として口から
むぞうさに出るようになるまでには,同じ言葉を数十度数百度も口から出して慣れておく必要がありますが,そのためには,自分自身の日常生活における行動に密着した言葉から慣れていくのが順当であるにもかかわらず,従来の英語学習に使用されるテキスト類には,日常生活とかけ離れた偉人の物語・外国文化・外国の小説の要約などが出てきますし,英会話書にしてもやはり日常生活にあまり関係のない『ホテルにて』『デパートにて』『郵便局にて』というような見出しのもとに,自分とは関係のない第三者同士が言葉のやりとりをする状況が展開します。
こうした会話表現は学習者が慣れようとして数十度,数百度も反復して口に出すには不向きです。なぜなら自分自身の日常生活の行動に直接の関係がないからで,学習者はいわば自分があたかもホテルのフロントで係員と向かい合っているかのごとき場面を想像しなければなりません。
日常生活と関連のない光景を想像しながら外国語の会話表現を反復してやがてそれを母国語のごとく身につけるのは,全く不可能ではないにしても,ずいぶん日数を要することでしょう。

英語を母国語のようにする方法

それなら,われわれ日本人が英語を母国語のように身につけるにはどうすればよいか。
最上の方法は次のとおりです。

 

1.学習者が自分自身の日常の行動に際して日本語で考えるとき,それを英語に切りかえて,英語で考えるようにする。

 

2.英語で考えるといっても,声なき言葉を頭の中で流すよりは,小さな声で口に出して,つぶやいてみる。

 

3.つぶやく英語は自分の日常生活と密接な関連のあるものでなければならない。
個人の生活のパターンは大体に一定しているので,毎日きまりきった行動に際して,そのたびに自分の気持ちをあらわす同じ英語をつぶやくことを繰り返していれば,いつしかその英語は借り物ではなく,自分自身の思想や感情の言葉による表現となる。

 

ここでたいせつなのは,自分の行動にともなって口から発せられる英語は,あくまでも英米人が実際に日常で考えたり,つぶやいたりする英語そのものでなければならず,自己流の和製英語であってはならないということです。
これは当然のことですが,とかく日本人は自分でかってに単語を並べて”自分だけに通用する英語”を作る傾向がありますから,注意を要します。

絶えず英語でひとり言をいえばよい

以上を要約しますと,日本人が日本国内で日本語の大海の中に住みながら,しかも英語を母国語のごとく身につけるには,絶えず英語でひとり言をいえばよい,ということになります。
また,どう考えてもこれ以外に方法はないのです。
こうして終日,常に英語を口に出してぶつぶつつぶやいていることは,とりもなおさず自分だけは英語圏内に住んでいることになり,つぶやく英語がいかに簡単な表現であっても実際は英語で考えていることになります。

 

こうして,最初は小さいながらも自分の内部に“英語で考えることのできる世界”を作り上げてしまえば,もうしめたもので,あとはそれに肉をつけ皮をつけて,しだいにその世界を拡張していくことができます。
そのときこそ,第三者同士の会話にすぎない,自分の生活環境とは関係のないと思われるような『ホテルにて』『デパートにて』『郵便局にて』という一見無味乾燥な会話表現が,切実な生きた言葉として感じられるようになり,さらに政治・経済・文化に関するむずかしい会話も,その方面の英文を一読しただけで,談話として他人に楽に話せるようになるのです。
この“英語で考えることのできる世界”,言いかえますと,自分で英語によりひとり言のいえる世界を持たない限り,どんな英会話書を学んでも,むなしい棒暗記となり,母国語同様に英語を身につけることは困難です。
日本人が救いがたいほど語学に弱い民族だといわれるのは,日本人の頭がだめなのではなく,学習法がひどくまちがっていたからだと言えます。
流暢な英語を話す国際人たらんとする人は,思いきって学習法の大転換を図る必要があるのです。

 

ところで,英語を母国語同様に話すバイリングィスト(ニカ国語を母国語とする人)の日本人は無国籍人種になるのではないかと懸念する人があれば,心配無用と申しておきましょう。
日本人の民族意識の強さは世界無比ですから,その点はOKです。



本書はこれまでの英会話書に全く見られなかった独創的なアイデアにより,英語でひとり言をつぶやくことによって本物の英語を身につける画期的な方法を公開したものです。
この執筆にあたっては米人のアン・デイカス夫人のご協力を得て完璧を期しました。
夫人は父君がアメリカ人で母君は日本人ですが,小学校と中学の教育は,英語で教える日本の外人専用の学校で受けて,そのあとアメリカで高校とカレッジを卒業して来日し,日本の上智大学国際部(授業はすべて英語で行われる)で英文学と日本文学の比較文学を学んだ才女です。
日本語も達者です。
したがって本書に出てくる日本語に対応する英語は,一般アメリカ人が日常生活で考えたりつぶやいたりしている生きたアメリカ英語そのものです。
安心して応用し,大いに英語でひとり言をいってください。
Well, this book will make me a bilinguist!
(よし,この本で私もバイリングィストになれるぞ!)と。

久保田八郎

本書の応用法

(1)本書に出てくる英語のひとり言は老若男女を問わず,だれにも応用できるものですが,ここでは東京に住むアメリカ生まれの日系三世のユキオ・ブラウン君という,大貿易会社の海外広報部に勤める25歳の会社員の,春のある一日がストーリーとして展開し,彼が絶えず英語でつぶやきながら行動するという内容になっています。
この生活行動は万人にあてはまるものではないかもしれませんが,重要な英語のひとり言が,かなり含まれていますから,読者は一人のユキオとして彼と同じ英語をつぶやくならば,英語が急速に「自分の言葉」になるはずです。
ただし天候・季節その他の状況で変化があった場合を考えて,一部分の言葉を入れかえた応用表現を数種類併記してありますから,自分自身の環境に応じて適当に使ってください。
たとえばブラウン君が It's warm today.(きょうは,あったかいなあ)と言っていても,読者にとって冬の日であれば, It's cold today.(きょうは寒いなあ)と言えばよいわけです。
その他,読者の行動に応じて適当な英語の表現を選び出して,応用してください。
ユキオのひとり言ばかりでなく,同居しているバイリングィストの妹ミチコとの会話や職場での会話もたまに出てきます。
これは短い会話ですが,重要なものです。

 

なお,日常生活の行動に際して,だれもが最もよく口に出してひとり言をいう傾向があると思われる英語の言い回しは,第2部にまとめてありますから,これをまず習得するのもよいでしょう。
重要なのは,自分が行動するときに必ず口に出してつぶやいてみることです。
ぶつぶつ言っているのを他人が妙な顔をして見ても,全然気にする必要はありません。
同じような英語を毎日何度も繰り返してつぶやくことこそ,英語を母国語同様にする魔術的な方法なのです。
このことを忘れないようにし,常に本書を携帯して参考にしてください。

 

(2)発音を正確に行ってください。

発音上の注意

日本人が誤りやすい発音は th音と f, v, l, r の音です。
たとえば Thank you. と言う場合,最初の "The" は日本語の「サ」ではなく,舌の先を突き出して,これを上の歯と下の歯で軽くかんだまま「サ」と言うつもりで息を吹き出すときの音が "Tha" です。
This と言う場合も,"Thi" の音は日本語の「ジ」ではなく,舌の先を上下の歯で軽くかんで「ジ」と言うつもりで息を吹き出すときの音です。
日本人でかなり英語のできる人でも意外に th音を日本式にサシスセソまたはザジズゼゾの音でやっている場合が多く見受けられますが,これは英米人には舌足らずの赤ん坊の発音のように聞こえて,おかしいのです。
f と v の音はいずれも上の歯で下唇を軽くかんで(というよりも下唇に軽くあてる程度),息を吹き出す音で,f はにごりませんが,v はにごります。
たとえば fan という語は,日本語の「不安」という文字を読むときのような音ではなく,上の歯を下唇に軽くあてたまま息を「フ」と吹き出しながら同時に「アン」と言うつもりでやると, fanの発音になります。
(厳密に言えば,この「アン」の「ア」は「ア」と「エ」の中間音です。
もっと厳密に言いますと,最後の「ン」の音は日本語の「ン」とは違って,「ン」と言ったあとで舌の先が上歯の裏側に軽くくっついてすぐ離れますから,かすかに「ヌ」という音が残ります。
つまり「ファン」というようになるのです。
英語で最後が n の字で終わる単語は,例外なしに,このかすかな「」という音が残るように発音します。
簡単なことなのに,どういうわけか日本でこの発音のできる人は,ほとんどいません。
しかし重要なことですから,ぜひこの「」という音が,かすかに残るようなくせをつけてください)
同様に van という語の場合も,上の歯を下唇に軽くあてて「ヴ」と言うようなつもりで息を吹き出しながら「アン」と言えば,van の発音になるのです。
l の音は,日本語の「ル」とは全く異なり,舌の先を上に曲げ上げて,上の歯の根元あたりにくっつけたまま(離さないで)「ル」と言うつもりで声を出すと(この場合,息は舌の両側から流れ出る),英語の l の音になります。
たとえば last の場合,最初の "la" の音は,舌の先を上の歯の根元あたりにつけておいて,すぐ離さないようにして「ラ」と言うつもりで声を出しますと英語の "la"音になります。
r の音は舌の先を上に曲げながらも,l の場合と違って上の歯の根元や天井などにくっつけないで天井との間にわずかなすき間を作っておいて,「ル」と言うつもりで発音しますと,英語の r音になります。

たとえば rat という場合,舌の先を上に曲げて天井との間に少しすき間を作ったまま「ラ」と言うつもりで舌を急速におろしますと,この rat の "ra" の音になります。
したがって英語の l と r の字のついた音は,いずれも日本語のラリルレロの音とは異なります。
日本語のラ行の音は,舌が天井を軽くたたいて急速にはね下がる音ですが,l と r の音はそうでないことがこれでわかるでしょう。

 

なお,英語の発音をすべて日本語のカタカナであらわすのはまちがいだと言う学者先生方が多いのですが,ほんとうはそうでもないのです。
たとえば desk(机)という音をカタカナで「デスク」と書いて,そのとおりに発音してもりっぱに通用します。
ですから,自分でどうしても覚えられない単語があれば,一応カタカナで書いてみるのも決して悪いことではありません。
だいたい,日本のカタカナは世界無比のすばらしい音標符号なのですから,これをもっと活用すべきだと思います。

1979年発売当時の広告 (GAPニューズレター No.67 より)

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